「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第99話

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帝国との会見編
<モテモテ、シャイナ?>



 バハルス帝国皇帝エル=ニクス陛下と踊った後もパーティーは続く。

 なんと言うかなぁ、私と皇帝が踊ったからなのか、元々この国の貴族は物怖じしないのか。

 「お嬢様、一曲踊っていただけませんか?」

 「ええ、私で宜しければ」

 それ程多くないであろうという私の予想はまったくの的外れだったようで、先程からシャイナへのダンスのお誘いが引っ切り無しに行われている。
 うんそう、行われてはいるんだけど・・・。

 この国のダンスのレベル、ちょっと低すぎない?

 いや、誘っている人が若い人中心だからまだダンスになれていないのかもしれないし、この辺りが辺境だから元々この様なパーティ−が少ないのかもしれないわ。
 でもさぁ、流石にこれはどうかと思うのよ。

 あっ、また!

 シャイナの相手をしている若い貴族がステップをミスしてよろめいた。
 これが私だったら足を踏まれてしまいそうなんだけど、そこは流石シャイナ、うまくかわした上に貴族の子の崩れた体勢を背に回した手で周りから解らない様に支えて、ダンスが止まらないようにしてるのよ。

 なんと言うかなぁ、この程度でいいのなら私もあれ程練習しなくてもよかったんじゃないかな? って思うほどお粗末な人が多い。
 そりゃあ、ある一定年齢の人たちと踊っている時はこんな無様なダンスは見られないけど、私の外見年齢くらいの子たちを相手にしている時は本当に酷いのよ。
 だって、これなら猛練習する前の私の方がまだマシなくらいなんですもの。

 あまりの惨状に、私はつい横にいるカロッサさんに訊ねてしまった。

 「カロッサさん、この辺りではあまりダンスパーティーは行われないのですか?」

 「いえ、そんな事はないのですが・・・。それに前に他のパーティーで見た時は彼らもあのような失敗はしなかったと記憶しています。しかし若い彼らの事、もしかするとシャイナ様とダンスを踊る事で舞い上がっているのかもしれませんなぁ」

 ああなるほど、それならありえるかも。
 初対面ではないライスターさんですら、さっきシャイナの姿を見て足が縺れて倒れそうになっていたくらいだし、あれくらいの歳の子がシャイナと密着したら緊張して足が付いていかなくなっても仕方がないかも。

 そんな事を考えている内にダンスが終わり、ひとときのダンスパートナーにシャイナはカーテシーで礼をしている。
 するとまた別の男性がシャイナの元へ。
 ホントモテモテだなぁ。
 ずっと踊りっぱなしで、ここへ戻ってくる事もできないよ。



 次のシャイナのお相手は50台後半か60代前半に見える、どこかの貴族家の当主らしき白髪に白いカイゼル髭の紳士。
 この人ならステップを踏み間違えるなんて事はないよね? なんて思って安心して見ていたんだけど、運悪く踊り始めてしばらくした所で他のダンスを踊っていた人がシャイナに死角から近寄ってきてぶつかりそうになった。

 そこはシャイナの事だからうまくかわしたんだけど、年齢のせいか男性の方がその転換に足が付いていかなかったらしく、シャイナの体をホールドしたまま後ろに倒れそうになってしまったのよね。
 でも、そんな状況でも彼女は慌てる事なく相手の体の重心を足運びと腰を捻るような動きを使って修正し、外見上ではちょっと特殊なダンスステップにしか見えない形で凌いで見せた。

 「危うくぶつかりそうになったようですが、シャイナ様に大事無くてよかったです。相手の組はほら、慌ててあのように体勢を崩してしまっておりますのに」

 「ええ、本当に」

 カロッサさんはどうやら、ぶつかりそうになった事に肝を冷やしてシャイナたちの動きをあまり見ていなかったみたいね。
 でもまぁその方がいいか。
 ぶつかりそうになった相手の組はまだ若い子たちだったし、あの場面で当主らしき貴族が尻餅をつきでもしていたら何かお咎めがあったかもしれないものね。

 それにダンスパーティーでは競技会ほど衝突は多くはないけど珍しいというほどのものでも無いし、それが元で変ないざこざが起こっても困るからシャイナの動きに誰も気付いていないのならそれに越した事はないだろう。

 「しかし、本当に今日は若い貴族の失敗が目立ちますなぁ。アルフィン様やシャイア様の美貌を前に見惚れていると言うのもあるのでしょうが、やはり殆どの者が初めて皇帝陛下の御前に出た事により緊張しておるのやもしれません」

 「確かに。彼らが陛下の御前で粗相があってはいけないと考えるのも無理はないかもしれませんね。そう考えれば陛下の目に止まるよう、失敗を恐れずダンスホールに足を踏み出している彼らは立派とも言えるかもしれませんね」

 言われて見れば私たちより皇帝の目のほうが緊張するよね。
 皇帝に顔を覚えてもらえるかもしれない絶好の機会だし、緊張して膝ががくがくになっていたとしても親から尻を叩かれてダンスホールに立っているのかも?

 そう考えるとちょっと微笑ましくも感じるわね。
 でもさぁ。

 私は後ろにいるギャリソンに飲み物を頼むと言う理由をつけて振り返り、そのついでに皇帝エル=ニクスの表情を窺う。
 私からしたら微笑ましいけど当の皇帝陛下からしたら他国の使者の前で、辺境の貴族とは言えこの様な無様な姿を連発されたら腹立たしく感じてるんじゃないかなぁ? って思ったのよ。

 で、その皇帝なんだけど・・・まったく腹を立てた様子もなく、ただ微笑んでいた。

 う〜ん、もしかして皇帝陛下もこの状況を楽しんでるとか?

 そうか! これが前もってパーティーに参加する事が知らされていたのなら、この様な状況を私たちの前に晒すような事があれば烈火のごとく怒っていたかもしれない。
 でもこのパーティーに皇帝が参加したのはサプライズだ。
 こんなサプライズを王族とは言え私たちのような聞いたことも無い小さな都市国家の支配者程度が参加するパーティーで初めて行ったとは思えないもの、案外色々な所で行って若い貴族が慌てている姿を見ているのかもしれないわね。

 そう考えるとちょっと意地悪だなぁとも思うけど、この様な場面だからこそ人の本質が解ると言うものだ。
 突発的な事態でも冷静に行動できる者を見極めるという考えで言えば、このサプライズ参加は参加者に戦場での奇襲並みの衝撃を与えるにもかかわらず、まったく命の危険がない安全な方法でその実力を確かめる事ができるとも言えるのだから賞賛こそすれ、批難される事ではないと思う。

 私はこの様な方法で人の実力を計る事もできるんだなぁと、一人感心するのだった。


 ■


 「陛下、やっぱり俺は反対だ!」

 無骨な親父顔のバジウッドが机を叩きながら唾を飛ばしている。
 気持ちは解らなくも無いが、今更何を言っているのだ? こいつは。

 「誘ったのは私だぞ? 今更アルフィンとやらとの会見をどういう理由で取りやめるのだ? 部下から言われて怖くなったから会えませんとでも言うのか?」

 バジウッドはあの化け物との邂逅で予想以上に過敏になっているのだろう。
 私も同じだったからな。

 だがあの化け物相手ならともかく、私の見立てではアルフィン嬢は人としての常識の範囲内だ。
 報告通り英雄と呼ばれる者たち並みの力を持つのかもしれないが、しかしロクシーが言うにはもし戦いになった場合、自分が懇意にしている村の者たちが戦に巻き込まれるであろうからそうなる事は極力避けたいと言ったそうだ。

 都市国家イングウェンザーの貴族や兵たちに報告以上の力があると言うのなら我らなど恐ろしくも無いだろう。
 そして彼女は自分たちではなく、知り合った者を戦に巻き込みたくないからと言った。
 言外に我々と相対する戦力があるが、戦いになるのを避けたいと意思表示したのだ。
 なんと甘い事だろうか。

 しかしその甘さがアルフィンと言う娘が人であり、姫である証なのだろう。
 報告された部分だけで判断しても彼の国の戦力は我が国には及ばないまでも脅威となりえるものである。
 ならばその戦力を持って我が国と交渉をすべきなのではないか?

 報告にあった彼の国の家令、ギャリソンとやらならばそこから切り込んできたのであろうが、しかし代表団のトップであるアルフィン嬢が甘い言葉を口にした。
 だが臣下の者としてそれを戒めるでもなく飲み込んだと言う事は、その甘言を飲み込んでもいいと、アルフィン嬢の主張で外交を進めてもいいと判断したと言う事。
 部下ですらそんな甘い判断をする、この者たちがあの化け物と同じ存在であるはずがないではないか。

 「アルフィンと言う女王と会うのはまぁいい。いや、情報と俺の見立てからするとそれもできればやめて欲しいが、それは対外的に仕方がないだろう。だがシャイナという貴族も同席すると言うのはダメだ。情けない話だが、いざと言う時、何か大事が起こっても俺たちでは対処できそうにない」

 おいおい、あちらの言い分では都市国家イングウェンザーは立場上アルフィンとやらが女王についてはいるが、彼の国の6貴族は基本同格だと言う話ではないか。
 ならば女王とは同席するのに6貴族の内の一人とは身分が違うから会えないというのは流石に無理があるだろう。
 それに本当に断るとして、バジウッドの言う此方の警備上の理由で遠慮して貰いたいなどと伝えた場合、もしその話が外にもれて帝国内に広まるような事があれば私は18〜9の小娘に恐れをなした腰抜けと呼ばれ、権威など吹き飛んでしまうことだろう。

 「バジウッド、ではお前は私に18〜9の娘が怖いからアルフィン殿に一人で会ってくれと懇願しろと言うのだな。ふむ、お前はよほどこの国を戦乱に導きたいと見える」

 大貴族どもは"俺"の権威の失墜を願っている事すら解らないのか?
 
 「そうは言うが陛下も先程のダンスを見ただろう? 剣の力量がたとえガゼフ・ストロノーフ並みだったとしてもあの容姿だ、華奢なあの体の外見通りスタミナに難があれば問題は無かった。数で押せば何とかなるからな。だがあれだけパートナーを変えて踊り続けても疲れる素振りさえ見せないなんて並みのスタミナではないぞ。それも此方の策略込みでのダンスでだ」

 確かにあのスタミナには私も舌を巻き、思わず笑いまで起こったほどだ。

 一部の貴族にはロクシーから他国の騎士の力量とスタミナを見るためと称して通達をしてあった。
 その内容はシャイナと言う騎士貴族に次々とダンスを申し込み、休ませずに踊り続けさせてどの程度で根を上げるかを見ると言うもの。
 その際わざとステップを間違えたり、よろめいて見せたりして相手の集中力を乱し、スタミナをより多く消耗させるようにとも伝えておけと指示を出しておいたのだ。

 そしてその指示通り、皆よくこなしていた。
 少々わざとらし過ぎる面もあってアルフィン嬢が疑わしそうな視線を送った事もあったが、最終的には自己完結して納得をしていたようだから問題は無かっただろう。
 ところがだ、いくらダンスに誘おうとも、いくらよろめいたり足を踏みそうになったとしても全てうまく処理し、涼しい顔で最後まで踊りきった。

 ダンスと言うのは優雅そうに見えて全身運動だからな、一曲踊るだけでもかなりの体力を使う。
 ダンスの上級者ともなれば無駄な力を抜く事によってスタミナの消耗を抑える事ができるらしいのだが、それはあくまで相手も同程度の上級者ならと言う注訳が付く。
 今回のようにダンスパートナーが足を引っ張れば、例え我が国一のダンスの踊り手であろうとも3人もパートナーを変えて踊り続ければ集中力が切れてステップが怪しくなり、5人目ともなれば最後まで踊り続けられたとしても、そこで根を上げる程度にはスタミナを消耗する。
 そのスタミナの消耗速度は最前線で戦う兵士にも勝るとも劣らない事だろう。

 しかし最終的にシャイナと言う騎士貴族が踊った人数は、途中で一度中断したとは言え20を超えているはずだが、それにもかかわらず私の見立てではパーティーが終わった後の彼女の表情には、まだまだ余裕があるように見えた。

 集中力を伴う全身運動をパーティー終了までの2時間以上続ける事ができたのだから、これは同様に最前線でも2時間以上戦い続ける事ができると言う証明でもある。
 それも涼しい顔で、でだ。
 もう笑うしかないだろう?

 「おまけにあれはなんだ? 背中にも目がついているのか? 完全に死角だったはずだ、なぜあれを避けられる? それに男爵が全体重をかけて倒れこもうとしたのにもかかわらず体捌きだけで立て直しやがった。スタミナといい、バランスといい、あの身のこなしといい、あそこまでの武人を俺は見た事がないぞ。その上剣技までガゼフ・ストロノーフ並みか、もしかしたらそれ以上かもしれないと言うのでは辺境候の所で出会ったメイドや化け物たち同様、俺たち4人がそろっていたとしても陛下が安全な場所まで逃げるわずかな間でさえ、足止めできる自信はないぞ」

 そう、そして極めつけはバジウッドが言うあれだ。
 男爵には頃合を見て騎士貴族をダンスに誘い、うまく誘導して予め同じタイミングで踊るようにと指示を出しておいたダンスに不慣れな他のパートナーとぶつかるような位置取りをするようにと言ってあった。
 そしてぶつかった時にはその衝撃で足がもつれた振りをして彼女を巻き込んだまま倒れるようにとも。

 ところがだ、あのシャイナと言う騎士貴族、どう考えてもぶつかるはずのタイミングだったにもかかわらずバジウッドが言うとおり背中に目でもついているかのように見事に避けた。
 その上急な方向転換を利用して予定通り彼女を巻き込みながら無理やり倒れこもうとした男爵の体まで支えてダンスを続けて見せたと言うおまけ付だ。

 これが殺気を伴った攻撃ならば避けられる者もいるであろう、だがただ単にダンスが下手な者が死角からぶつかって来たのを避ける事など、普通はどんな達人でもできないのではないか?

 「はははっ、確かにあれは私の目から見ても見事だった。予めぶつかる事も倒れこむ事も知らなければ、私もあの場面には何も違和感は持たなかっただろう。それ程見事な身のこなしだったな。それにあの華奢な体で自分より大きな男爵が倒れこみそうになるのを少しの動揺も見せず、そして周りに違和感を抱かせる事すらなく支え、立て直して見せたあの胆力。我が国の騎士たちにも見習わせたいものだ」

 「笑い事じゃないぜ、陛下」

 「そうは言うが、自分に刃を向ける可能性が少ない剛の者を見ると言うのは案外楽しいものであろう? だからこそコロシアムにはあれほどの人々が足を運ぶのだからな。そして都市国家イングウェンザー女王、アルフィンの意思で彼の女傑が我々と敵対する可能性は少ないのだ。ならばあの美貌と力量を併せ持つ稀有な女性が見せた数々を愉快に思い、賛美しても問題はないだろ?」

 確かにあれほどの剛の者が敵に回れば厄介なのは間違いない。
 だがあのアルフィンと言う娘の態度からすればその可能性は限りなく低いのではないか?
 我らが敵対を選ばない限りは、彼女はあの笑顔をこちらに向けるだけで牙を剥く事はあるまい。
 類まれなる力を持ちながらも、戦場から遠ざかろうとするあの女王ならばな。

 コンコンコンコン。

 そんな結論を自らの中で出した頃、部屋にノックの音が響いた。
 そして此方の返事を待つ前に開けられたドアから入室して来たのは我が愛妾、ロクシーだ。

 「陛下、アルフィン様の化粧直しが終わったようでございます。そろそろご準備を」

 「そうか、解った。バジウッド、お前は何とか私に留意させたかったようだが残念ながら時間切れのようだ。私としてはアルフィン嬢と色々と話がしてみたい。時間が来てしまった以上、その場にシャイナと言う騎士貴族が同席するのも今更断る事はできないし、お前が私の護衛につくと言うのなら彼女たちの護衛であろうギャリソンとか言う執事の同席も許可せねばなるまいな?」

 「なっ!? あのギャリソンという執事もですか? 彼もシャイナと言う騎士貴族に負けず劣らずの力量を感じます。それだけは、それだけは御再考を!」

 慌てるバジウッドに私は笑いながらこう告げる。

 「なんだ、なんならあのメイドたちも同席させるか? 花は多い方がよかろう。あれほどの美女たちと同席するなどと言う機会はこの先あるかどうか解らないからな」

 「陛下、あんたって人は・・・」

 ふむ、どうやら諦めてくれたようだな。
 どの道"重爆"の言葉を信じるのなら女王だけでもバジウッドよりも強いと言うのだ、兵(つわもの)がいくら増えた所でたいした違いは無かろう。

 「ではロクシー、アルフィン殿のところまでの案内、頼むぞ」

 「畏まりました。それでは参りましょう陛下」

 ロクシーの微笑を受けて頷いた後、ジルクニフは豪奢な金髪を揺らしながら不敵な笑みをたたえ、彼の智を持ってしてもどのような展開になるか読めない会談に歩を進めながら心躍らせるのだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 ただのパーティーであっても色々な企みが張り巡らされていると言うお話でした。

 何せ相手がジルクニフですからね、普通にパーティーに参加するだけなんて事は当然ありません。
 でも、それを看破するなんて事をアルフィンができるわけも無く、このように翻弄されてしまっていると言う訳です。

 まぁ実際の所翻弄はされているのですが、実害は何もないんですけどね。
 アルフィンやシャイナの実力はかなり過小評価ではあるけれど、ジルクニフたちに伝わっているのですから。


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